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今朝、味噌汁を飲みながら昔のことを思い出していた。

 

 

昔、とうの昔に好きだった彼は賢く聡明な文学少年で、私よりも英語が出来て、ユーモアのある人間だった。好きなものはプリンとBUMP OF CHICKEN。嫌いなものはグリンピース。

 

 

彼と初めて出会ったのは2011年9月11日。

 

 

私と彼はよく会話をする仲だった。3日に1度くらいの頻度で学校の出来事を話したり、人間関係の悩みを打ち明けたり、くだらない茶番をしたりした。

 

どんな話をしても私とまっすぐに向き合ってくれる彼に甘えていた。

 

 

今思えば、これが私の初恋だったのかもしれない。

 

明るい月を見ては「月が見える?僕らは今同じ月を見ているんだよ」と言う。

曇りの日には「月もキミの美しさに恥じ入って隠れているんだね」と言う。

 

 

告白するときには「僕のプリン、半分あげるよ」と言うらしい。

 

実際に言われたことはないが。

 

 

BUMP OF CHICKENの『車輪の唄』の中で『約束だよ 必ず いつの日かまた会おう』という歌詞の後に『応えられず 俯いたまま 僕は手を振ったよ』という歌詞が続くんだけど、これってどうしてだと思う?」

そんなことを突然言っては、「じゃあ数日後にまた聞くから考えておいてね」と去っていくような男だった。

 

いきなり「キミのいないところなんて苺のないショートケーキのようなものだ」なんて言われたこともあった。

 

彼と私の家庭環境は似ていて、家族の話をしては共感しあい、いつの日か訪れるかもしれない幸せな生活を夢見た。

 

 

 

当時中学生だった私の、幼くて柔い心を支えてくれたのが彼だった。

 

 

 

彼はたくさんの知らないことを教えてくれた。頑張りすぎなくてもいいこと、嫌なことがあったときの対処法、プリンの作り方。

 

もらったものがたくさんあった。

 

 

 

 

でも、「好き」のひとことはもらえなかった。

「好きと言えば言うほど気持ちが軽くなっていくような気がして嫌なんだ。」とは言われたけれど。

 

 

年が経つにつれて彼と話す機会は減り、年に一度、お正月だけ ある場所で待ち合わせて話すことができた。それだけで十分だった。が、それもいつしかなくなってしまった。

 

最後に話したのは私が高校2年生のときで、大学進学についておはなししたと思う。それを皮切りに彼は待ち合わせ場所に姿を見せなくなってしまった。

 

 

 

私は今もお正月になると待ち合わせ場所に行ってしまう。会えないとわかっているのに、本当は待ち合わせなんかじゃないのに。私が勝手に待っていたところにたまたま彼が居合わせた、それが数年続いた、ただそれだけなのに。

 

 

彼のことはなんでも知っているような気でいた。でも私は何も知らなかった。電話番号も、LINEも。

会えなくなって初めて連絡先を交換していなかったことを悔いた。

 

連絡先だけじゃない。

本名も、顔も、なにもしらない。

 

本当に私は何も知らないのだ。

 

 

 

 

 

私と彼は顔を合わせたことがなく、「ネットの中だけ」で関係を持っていた。だから、ここに書いていることのどれが本当でどれが嘘だったのかは私にはわからない。

半分くらいが、曖昧な記憶と強すぎる執着が作り出した虚構なのかもしれない。

 

 

 

 

 

毎年9月11日になると、彼のことを思い出してはプリンを食べたくなってしまう。

 

記憶の片隅に残る 顔も名前も知らない「彼」の影を思いながら、私は生きている。